自殺したお前には贈る言葉なんてない

この物語はフィクションである。



子供の頃。

地球温暖化が進んでも、海面は上昇しないと彼女は言った。

どこかで聞きかじった知識だろう、なみなみと水が注がれたコップの氷が溶けても水は溢れない。だから海面上昇なんてデマだと。

言われた私は、ほへー、と、そうなんかと、納得するしかなかったのだけれど、今なら言い返してやれる。

それはお前、北極の話だ。

南極は違う。大地の上に氷があるのだ。

その氷が溶けたら海面上昇はする。



もう二度と、言い返してやるなんて、できない話だ。


彼女は死んだ。ある冬の日に。死因は知らない。共通の友人から聞いた。

もう10年も会ってなかった。

同じ東京に住んでいたのに。

子供の頃は毎日会って、一緒に登校した。暑い日も寒い日も、自転車で遠くの学校まで通った。彼女が坂の上から猛スピードで駆け下りてくるのを毎朝のように見ていた。

あの坂は私には怖くて、あんなスピードで降りるなんてできなかった。

たくさんの漫画を借りた。

ボンバーマンを一緒にやった。

木登り、セミ捕り、街に出て買い物も。

いつも彼女に勝てなかった。漫画なんて私は持ってなかったし、ゲームも弱かったし、誰よりも高い木に登り、セミ捕りが上手くて、洋服の趣味もよかった。

学校の成績は常によかった。

スポーツでも遊びでも勉強でも、彼女はいつも他より抜きんでていて、そして変わり者だった。


誰もが羨む大学に進み、そして、その道の途中で、結局、彼女は死んだ。


どこまでも駆け抜ける彼女の後ろ姿を見ながら、どこまで行くのか見ているのが楽しかったのに、もうあの後ろ姿は見えない。


バカじゃないのか。


なにもかも、なんのためのものだったのか。


海面上昇はしている。現に今この地球で。南極は大地の上に氷が乗っている。その氷が溶けたら海面上昇はする。

コップの水は、今まで存在しなかった氷を放り込まれて、溢れる。


永遠に歳を取らずに、コップの水の例えが間違っていたことに気づいたかどうかなんて確かめるすべもなく、死んだあなたを追い越して。

いつか海に沈む星の上で。

私は生きる。



この物語は(多分)フィクションである。